姑は

C型肝炎→肝性脳症とか肝硬変とかって病気で亡くなったけど、継母なので、夫とは血が繋がっていない。姑の感染の原因は子宮筋腫だかで手術を受けた際の輸血による感染だと推測出来る。市内でも有名な公立の病院だけど、姑が手術したのは夫が高校生だか中学生だかの頃で、その頃はまだC型肝炎という病気のことが何にも分かっていなかったらしい。でもこの病気に罹ってるって分かったのも同じ病院だったのがせめてもの救い?股関節に異常があって、人工股関節の手術前の血液検査でわかったのだ。
私の母方の叔父もC型肝炎→肝癌で体中に手述痕があって、まだ生きてる84歳。彼の感染は終戦頃の劣悪な医療が原因だと推測出来る。愛国海軍少年兵だった彼は、甲板で爆撃を受けたので、頭に爆弾のカケラが沢山で、今も全部は取り除かれてはいないらしいけど、佐世保だかの病院に母親(私の祖母)が行った時は脳の怪我だから、オネショしたり、色々な障害もあったらしい。とても優秀な脳だったみたいで、子供の頃の成績は優が並んでいたらしいし、ガキ大将だった叔父だけど、爆撃受けてしばらくは(私の小さな頃まで、昭和30年代まで)働き口も見つけられない(何しろ、小学校2年程度の知能と認定された)程で、自分一人で出来るヤクルトの配達とか牛乳配達とかを自転車でやってた。子供好きというか、わたしのことをとても可愛がってくれたのだけど、いつも牛乳のケースを乗せる自転車のデッカイ荷台に私を乗せたり、おんぶして自転車を漕いだりしてた。なので、私は彼のことをヤクルトのおじちゃんと慕っていた。脳の方は少しずつダメージからの回復した(元通りではないけど)けれど、C型肝炎ウィルスはゆっくりと蝕んでいって、肝癌とかになってる。鹿児島に帰ったら、必ず叔父のところへ顔を見せに行くのは、小さな頃可愛がって貰ったって恩もあるけど、彼のことがとっても好きなんだ。やはり元々頭がよかったんだろうと思わせるシニカルなユーモアってのが好き。